どうも、ロンドン駐在員のぷーたです。
今回の記事は、次のような方の疑問を解消するために書いています。
- Do not ignore this letterと書かれた封書が届いたんだけど、これは何?
- イギリスに住んでいる日本人にはイギリスの選挙権はあるの?
- イギリスの選挙制度について知りたい!
下記の記事で説明していますが、日本国籍のみを保有する方にはイギリスの選挙で投票する権利はありません。この記事では、選挙権がなくても回答が必要となるAnnual Canvassという年間戸別調査(選挙人登録に関する調査)の仕組みと、イギリスの選挙制度について解説しています。
Do not ignore this letterと書かれた封書
封書の中身は選挙のためのAnnual Canvass(年間個別調査)
イギリスに住んでしばらくすると下記のような封書が届きます。
Do not ignore this letterと書かれた封書です。無視してはいけない、かつ法律上このレターに返信する義務がある、と物々しいことが書かれています。
開封してみると、下記のようなレターが入っています。
書かれているのは、封筒に書いてあったのと同様で、「変更がなかったとしても法的にこのフォームに回答する必要がある」ということです。
そもそもこのレターは何のために送られてくるのかというと、選挙人登録の確認のためのものです。これはAnnual Canvassと呼ばれる年間戸別調査であり、イギリスの選挙人登録台帳(Electoral Register)を最新の情報に保つための制度です。
イギリスでは、選挙人登録が義務化されていて、すべてのイギリスの居住者はその年の登録情報が正しいかどうかを確認する必要があります。具体的には、新たな居住者の情報や、引っ越しによる変更、氏名の変更があった場合などの確認をおこない、選挙人登録を最新の情報に更新するためのものです。
Anual Canvassのプロセス
Anual Canvassは次のようなプロセスでおこなわれます。
確認書類の送付
Council(地方自治体)はすべての住居に対し、登録情報の確認や更新を求める通知を送付します。この送付は通常、毎年夏から秋にかけて行われます。住居のオーナーや居住者はこの通知を受けたら情報を確認して、必要に応じて修正や追加を行います。
オンラインでの更新・封書での返送
選挙人登録の確認はオンラインや電話、メールなどの方法で行うことができます。選挙登録が正確な場合、何も変更する必要がなく、応答も不要な場合があります。一方変更が必要な場合は、オンラインでの更新が推奨されていて、レターに記載されたURLから変更用Webサイトにアクセスして、速やかに情報を修正する必要があります。
返答しないと訪問調査が来る
もしAnnual Canvassへの返答がない場合、Councilの担当者が直接訪問して居住状況を確認することもあります。これは選挙人登録の精度を重要視しているためで、返答がない場合は実地で確認されるということですね。この調査が来る前に回答しておくことが推奨されます。
Annual Canvassに回答しない場合・虚偽情報を伝えた場合
Annual Canvassへの回答をきちんとしない場合どうなるでしょうか?実は罰則があるため注意が必要です。
Annual Canvassに回答しない場合
Annual Canvassへの回答を怠った場合、Councilからの繰り返しの催促にも関わらず無視した場合には、最大1,000ポンドの罰金が科される可能性があります。これは選挙人登録を最新に保ち、公正な選挙プロセスを維持するために必要な措置とされています。(Regulation 23(3) 2001 The Representation of the people regulations (England and Wales))2001により規定)
Annual Canvassで虚偽情報を伝えた場合
Annual Canvassにおいて意図的に虚偽の情報を提供した場合、法律違反となり、罰金だけでなく、場合によっては刑事罰の対象となることもあります。この刑事罰は6ヶ月以下の懲役または無制限の罰金ということで、虚偽情報を伝えることは重い罰則が科せられることを意味します。これも選挙人登録における不正を防ぎ、信頼性を確保することが目的ということです。(Sections 13D(6) The Representation of the people act 1983により規定)
Annual Canvassへの回答方法
Annual Canvassには回答の義務があり、拒んだ場合は罰則まであるということですので、速やかに回答する方が良さそうです。
ここからは、Annual Canvassへの回答方法を説明します。オンラインでの回答を前提とします。
下記のVisit the websiteの下に書かれているURLからWebサイトにアクセスします。
こちらがEaling Councilの登録サイトになります。Start Nowで開始します。
まずは先ほどのレターに記載されている2つのセキュリティコードと住んでいる住所のポストコードをそれぞれ入力して、Sign inを押します。
住所が表示されますので、それが住んでいる住所であればYes, I live at the propertyを選択してContinueを押します。
選挙人登録の有無の確認があり、登録されていない場合Continueを押して居住者の情報を提供するように求められます。
氏名、メールアドレス、電話番号の入力を求められますので、入力してContinueを押します。
ここで、イギリスの選挙人登録の条件が示されます。結論を言ってしまうと、日本国籍保有者(複数の国籍者を除く)は選挙権がありませんので、I am not eligible to voteを選択してContinueを押します。
ちなみにイギリスでの選挙人登録が可能な条件は下記のとおりです。
- イングランドに居住しており、16歳以上(ただし18歳になるまで投票することはできない)であること
- 次のいずれかに該当すること
ーイギリス国民
ーアイルランド国民ーイギリス、チャンネル諸島、マン島への入国または滞在の許可を持っている、または許可を必要としない英連邦国民(マルタ人、キプロス人を含む)
ー英国、チャンネル諸島、マン島への入国または滞在の許可を持っている、または許可を必要としないデンマーク、ルクセンブルク、ポーランド、ポルトガル、スペインのEU市民
ー2020年12月31日以前に英国、チャンネル諸島、マン島への入国または滞在の許可を得ていた、または許可を必要としなかった、他のEU加盟国のEU市民であり、この状態が途切れることなく続いている人。
まとめると、
- イギリス・アイルランド・英連邦国民→すべての選挙に投票可能
- EU市民(ブレグジット後はデンマーク、ルクセンブルク、ポーランド、ポルトガル、スペインのみ)→地方選挙、警察・犯罪委員会選挙、ロンドン市長選挙、ロンドン議会選挙のみ投票可能
ということになります。
さて、Annual Canvassの登録に戻ります。レターを送付された住所の居住者に選挙人登録が可能な人が他にいるかを聞かれます。居住者が日本国籍者のみであればNoとなりますので、Noを選択してContinueを押します。
居住者に選挙人登録が可能な人がいない理由を聞かれます。日本国籍者のみのため、None of the residents are eligible to vote because of their nationalityを選択してContinueを押します。
続いて居住者の国籍を聞かれますので、Japaneseと入力してContinueを押します。
最後に選挙人登録が可能な人がいないことを宣誓してます。Declarationのチェックボックスをチェックして、Confirm and Sign Outを押して終了です。
完了するとこちらの表示が出ます。登録したメールアドレス宛にも確認のメールが送付されます。
イギリスの選挙制度
さて、これでAnnual Canvassへの登録は終わり、日本国籍者ということで選挙人登録もできないため選挙に関しての手続きはこれで終わりなのですが、せっかくですのでイギリスの選挙制度について説明しておきたいと思います。
イギリスの選挙制度の概要
イギリスは伝統的な議会制民主主義の国であり、13世紀には身分制議会としてのイギリス議会の下院議員選挙がおこなわれました。15世紀には有権者を地主の男性に限る制度で固定化されており、商工業の発展で産業資本家が現れ、都市人口が増加した後も変更されませんでした。
産業革命を経て新たに登場した労働者層の中にも高まり、選挙法改正を求める運動が激しくなり、19世紀以降、5回にわたる改正がおこなわれて、選挙権は産業資本家や都市の労働者層に拡大され、20世紀前半になって、男女平等で財産制限のない普通選挙が実現されました。
イギリスの選挙には下院選挙、地方選挙、自治政府選挙、国民投票などがあり、それぞれ異なる仕組みが採用されています。中でも下院選挙はイギリスの政治の中心を担うものであり、選挙結果によって政権が決まることから、国民の関心が高い選挙となっています。最近では2024年7月4日におこなわれた下院議員選挙で労働党が下院の単独過半数を獲得して14年ぶりに労働党政権を確立しましたね。
イギリスの選挙には大きく分けて4つあります。それぞれを紹介します。
下院選挙(General Election)
イギリスの議会の下院(House of Commons、庶民院)議員を選出する選挙です。これがイギリスの国政選挙の中心であり、首相の選任、政府の形成に直結します。
下院選挙は小選挙区制(first-past-the-post)を採用しており、イギリス全土を650の選挙区に分けて、各選挙区から1人ずつ議員が選出されます。最多得票を得た候補が議席を獲得しますので「勝者総取り」のシステムとなります。
この「勝者総取り」システムでは、各選挙区での得票率が極端に違う、いわゆる死票が多い状態でも、全体の得票数に大きな影響を与えないため実際の国民の声が必ずしも反映されないという指摘があります。よって、少数派政党や新興政党が議席を獲得するのが難しくなり、二大政党(保守党と労働党)が長期的に優位な状況を維持しています。
この小選挙区制は日本の衆議院議員選挙で採用されている制度と同じです。この小選挙区制の特徴として、各候補は個別の選挙区での支持を勝ち取る必要があるため、地域密着型のキャンペーンが展開される傾向があります。イギリスでは今のところ日本の衆議院議員選挙で採用されている比例代表制は採用されていませんが、小選挙区制のみでは国民の声を正確に反映できていない、つまり代表性の欠如が問題視されることがあり、比例代表制の導入の声も上がっているそうです。
議員の任期は5年で、一般的に5年ごとに選挙が行われますが、状況によって首相が早期の解散をおこない、総選挙が実施される場合もあります。
選挙権者は、イギリス・アイルランド・英連邦国民となります。
イギリスの上院(House of Lords、貴族院)について
イギリスの上院は下院と異なり、選挙ではなく任命制で構成されています。上院には世襲貴族、宗教関係者、専門家が含まれ、国の長期的な利益や公平な視点からの判断が求められる役割を担っています。
ただし上院は立法において法案を直接提出する権限がないものの、下院で可決された法案に対して修正や審議を行うという、重要な役割を果たしています。
上院には2024年10月21日現在804人の議員が在籍しており、下院と異なるアプローチで立法プロセスに関わります。下院は政治的な観点での法案の修正、上院は法案の字句の整合性・法理的整合性の観点からの修正が多いということです。
また、上院議員は国の長期的な政策判断や、専門的な知識が必要とされる分野での法案において重要な助言や見解を提供します。このため、上院は「慎重な再考の場」とも呼ばれます。
上院は選挙で選出されない点で民主主義に反するという批判もありますが、その反面、専門家の意見を取り入れることでバランスの取れた政策判断が期待されています。
この点は、よく比較される日本の参議院とは大きく異なる点ですね。
地方選挙(Local Elections)
地域レベルでの政策やサービスの運営を担う地方自治体(地方議会や市議会、町議会など)の代表を選出するための選挙です。行政の長、例えばロンドン市長やマンチェスター市長のような大都市圏の市長を選出するのもこの選挙です。
選挙区や投票方法は地域によって異なる場合があり、主に小選挙区制や単純多数制が用いられます。通常は4年ごとに行われますが、一部地域では異なるサイクルで選挙が行われることもあるようです。
例えばイーリングブロードウェイ地区は下記のような区分けとなっており、4つの選挙ブロックに分かれているようです。
イーリングカウンシルでは2022年5月5日に地方議員選挙がおこなわれており、下記のような結果となっています。地方選挙の投票率が低いのは日本も変わりませんね。(Ealing Council Webサイトより)
選挙権者はイギリス・アイルランド・英連邦国民、EU市民(ブレグジット後はデンマーク、ルクセンブルク、ポーランド、ポルトガル、スペインのみ)です。
自治政府選挙(Devolved Government Elections)
スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの自治議会(それぞれの地域議会)を選出する選挙です。自治議会では、地方分権された権限に基づき、地域特有の問題やニーズに応じた教育、医療、経済などの政策を決定します。特にスコットランドは地方自治が進んでおり、スコットランド議会は教育、医療、司法、環境など多岐にわたる分野で独自の法を制定する権限を持っています。
自治政府選挙では比例代表制または混合制が採用されています。例えばスコットランド議会とウェールズ議会は、日本の衆議院議員選挙と同じ「小選挙区比例代表連用制」を用いており、候補者と政党に票を投じる形となっています。選挙は通常は5年ごとに実施されます。
選挙権者はイギリス・アイルランド・英連邦国民、EU市民(ブレグジット後はデンマーク、ルクセンブルク、ポーランド、ポルトガル、スペインのみ)です。
国民投票(Referendums)
国民投票は、イギリスで国全体や地域にとって重大な政策課題について国民に直接の意思決定を求めるために実施されます。国民投票の実施は法律で定められた手順に基づいて行われますが、頻繁にはおこなわれていません。
日本でも話題になった、2014年のスコットランド独立の是非を問う投票や、2016年のブレグジット(イギリスのEU離脱)に関する投票などが国民投票の例です。ブレグジットに関する国民投票はイギリス全土でおこなわれた国民投票ですが、実はイギリス全土でおこなわれた国民投票は1975年の欧州共同体(EC)の継続加盟(可決)、2011年の議会の投票制度の変更(否決)、そしてブレグジット(可決)の3回のみです。
国民投票の選挙権者は、選挙によって異なります。
(参考)欧州議会選挙(European Parliament Elections)ブレグジットで廃止
イギリスがEUに加盟していた時代には、欧州議会の代表(MEPs)を選出するために行われていました。イギリスでは比例代表制が採用され、各地域の政党の得票数に応じて議席が分配されていました。しかし、2016年の国民投票でEU離脱が決定し、2020年に離脱が完了したため現在は行われていません。
まとめ
以上、Annual Canvassに関する情報と回答方法、およびイギリスの選挙制度について説明してきました。ここでまとめておきます。
- Do not ignore this letterと書かれた封書の中身は選挙のためのAnnual Canvass(年間個別調査)
- Annual Canvassに回答しない場合は1,000ポンドの罰金、虚偽情報を伝えた場合は6ヶ月以下の懲役または無制限の罰金が科せられる恐れがある
- Annual Canvassへの回答方法はオンライン、電話、手紙で可能だがオンラインが簡単
- イギリスで選挙権がある人は下記のとおり
ーイギリス・アイルランド・英連邦国民→すべての選挙に投票可能
ーEU市民(ブレグジット後はデンマーク、ルクセンブルク、ポーランド、ポルトガル、スペインのみ)→地方選挙、警察・犯罪委員会選挙、ロンドン市長選挙、ロンドン議会選挙のみ投票可能 - イギリスの選挙の種類には下記の種類がある
ー下院選挙(General Election)
ー地方選挙(Local Elections)
ー自治政府選挙(Devolved Government Elections)
ー国民投票(Referendums)
ー欧州議会選挙(European Parliament Elections)※ブレグジットで廃止
ありがとうございました。